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(196)「神宮外苑」から学ぶ再開発の現実

投稿日:2023年9月20日


多くの文化人や有識者も巻き込み、自然環境や文化遺産の破壊は許さないとして計画変更を求める市民運動が今も続く「神宮外苑再開発」。

事業の許認可権者である東京都でさえ、再開発事業者側に立ち、あたかも「再開発が既定路線」であるかの姿勢を貫き通して来たこの計画ですが、ここへ来て、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の諮問機関であるイコモス(国際記念物遺跡会議)が、

神宮外苑再開発は
文化遺産の不可逆的な破壊だ

と明言し、再開発の見直しを求める事態へと発展してきました。(注1)
(2023年9月16日付「朝日新聞」をはじめ、多数のメディアが報道)

(注1)ユネスコ側は「神宮外苑」を、世界的に有名な公園であり、且つ世界にも類を見ない卓越した文化遺産だと位置付けた上で、その「神宮外苑」において3000本もの樹木が伐採され、近隣住民を含む市民との協議なしに高層ビルが建設されようとしているとして「ヘリテージアラート」を発出し、東京都や事業者に対して事業の見直しを求めると共に、国に対してもこれを「東京都だけの問題と見做すべきではない」として介入を促しました。因みに、ヘリテージアラートとは、文化的資産が直面している危機に対して、保全と継承のために出される声明のことを言いますが、残念ながら日本国内での法的拘束力や罰則規定はないとされています。

「神宮外苑」で再開発のしくみが見えてくる

神宮外苑で進められている事業は、各地の再開発現場で多く見られる「第一種市街地再開発事業」と言われる形態であり、それは「権利者が自らの発意と合意により、協同で進めて行く街づくり」です。

そのような再開発であることを知った上で、更に、ユネスコの諮問機関が指摘した問題点なども加味すれば、再開発事業の実態が見えて来ます。

【実態①】 権利者の合意さえあれば再開発は確実に進んでしまう?

神宮外苑では権利者(事業主体)が以下の4法人に限られています。

①宗教法人明治神宮
②独立行政法人日本スポーツ振興センター
③伊藤忠商事(株)
④三井不動産(株)

権利者が少ないため、問題点の把握も比較的容易です。
「都市再開発法」では、(細かな規定は別として)基本的に上記4法人の内、3法人(即ち2/3以上)が同意すれば、再開発は進むことになります。
「市民の声」や「国際社会の勧告」等は再開発を進める上での「参考」とはされても、「要件」とは見做されません。

神宮外苑には他地区のような、50人、100人と言った多人数の地権者や借地権者が存在しません。このため、「合意形成までに何年もかかる」と言った状況にはなかったことから、事業者側は一般市民や社会に対し、あえて十分な説明と協議を行う時間を割かなかったのではと推測します。
事業者側の「地権者の合意こそが最も重要」であり、「それ以外は二の次」との考えが改めて露呈した感があります。

【実態②】 「自然環境や文化遺産の保護」は、単なるキャッチフレーズ?

各地で再開発を立ち上げようとする事業者は一様に「自然環境や文化の保護」をうたい文句にします。しかし、営利目的で再開発を進める業者側の関心は、結局は、いかに自社利益を極大化できるかと言った点に集約されます。従い、「自然環境や文化遺産の保護」と言った、再開発の本来の魅力をいくら表向き強調したところで、結局は、それらが直接的な収益には結びつき難いために軽視されてしまうと言った現実があるようです。

神宮外苑再開発では、まさにこの実態があまりにも露骨に出てしまった感があります。国内有数の公園・文化施設と言われる「神宮外苑」でさえこの有り様ですから、皆さまの再開発区域で業者が軽々しく発する「自然や文化の保護」と言った言葉にはくれぐれもお気を付け下さい。

【実態③】 近隣住民や社会の声に真摯に耳を傾けることはない

上記と同様、各地で再開発を立ち上げようとする事業者は必ずと言って良いほど「地域住民や社会の意見に配慮する」ことをうたい文句にします。しかし、都市再開発法上、再開発の実施に影響を与え得るのは地権者や借地権者であり、地域住民を含む一般市民や国際社会が発する勧告には拘束力がないため、あくまでも「ご意見」として処理されてしまいがちです。まさにこの実態が神宮外苑再開発において露見したと言えます。

【実態④】 再開発は事業者にとり「実に収益性の高い事業」である

再開発を推進する事業者にとり「再開発」とは、地権者の同意さえ取り付ければ、後は、行政から開発利益の源泉となる「大幅な容積率緩和」が受けられ、更には「多額の補助金」まで貰える。そして最後は、彼らの収益源である再開発ビルの床を「格安の床単価」で購入することで、開発利益の独占さえ可能になる!まさに「うまみのある事業」だと言っても過言ではありません。
営利目的で再開発を推進しようとする百戦錬磨の大手事業者が、たとえ一般市民の反対運動に直面したり、国際機関等から勧告を受けたとしても、安易に引き下がるとは到底考えられません。

【実態⑤】 ユネスコ側が発したヘリテージアラートも一蹴される?

いくら国際社会からの勧告とは言え、それが法的拘束力を有するものではない以上、行政や事業者側はこれを尊重しない懸念があります。
実際、2019年4月に東京都心のJR高輪ゲートウェイ駅西側の再開発工事現場で高輪築堤の遺構(注2)が出土した際にも、多くの市民や有識者から再開発を見直してでも全面保存すべきとの声が上がり、事態を重視したユネスコ側もヘリテージアラートを発出しています。しかしアラートは強制力を持たないこともあり、結局、全面保存は実現しませんでした。

(注2) 高輪築堤の遺構とは、東京都港区にあるJR高輪ゲートウェイ駅前再開発現場での工事中に出土した、1872年の鉄道開業時に海上に築かれた鉄道構造物のことを言います。その歴史的価値から多くの市民や有識者から、再開発計画を変更してでも全面保存すべきとの要望が出されましたが、出土現場が再開発を進めるJR東日本の敷地内だったこともあり、「保存」か「再開発」かの議論は、結局、再開発を進めたいJR側の意思が優先され、遺構は一部のみが保存される形で決着しています。

まとめ

各地で再開発を実現させたい再開発事業者が、地元民に対して掲げる大義名分の一つが「自然環境や文化遺産の保護」です。しかし、

彼らは本気でそれを実行しようとしているのか?

「神宮外苑」はまさにそれを確認するための「踏み絵」であり、結果として「再開発事業者側の本気度の無さ」が露呈してしまった感があります。
皆さまもご存じの通り、多くの再開発事業は「住民が主体」とは名ばかりで、その実態は、再開発事業者が主導して進める事業と化しています。
再開発事業者は営利目的で再開発を進める不動産業者ですから、そうなると、自社の収益向上に直接的に貢献するとは言い難い「自然環境や文化遺産の保護」などはどうしても二の次となりがちです。
もっとも営利企業の立場で考えれば理解出来ないこともないのですが、あろうことか世界も注目する神宮外苑に於いて、再開発事業者側が、その本音を曝け出してしまい、更にはユネスコが指摘したように「市民との十分な協議」なしに再開発を断行しようとしたことが、問題を大きくこじらせる原因となったことは間違いありません。
今後「神宮外苑再開発」がどのように推移して行くのかは見当もつきませんが、他地区の地権者にとり、「神宮外苑問題」は再開発の「しくみ」や業者の「実態」を学ぶには良い教材となるのではないでしょうか?

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