本トピックスは(199)地権者をカモる「3本の矢」の続きです。
前回は、一部再開発事業者が開発利益(注1)を独占する目的で地権者に向けて放つ「3本の矢」について解説しました。
本トピックスでは引き続き関連情報を追記します。
「3本の矢」とは?
トピックス(199)で指摘した「3本の矢」とは次の3本です。
【1本目】 開発利益なしの「従前評価方針」
【2本目】 激安「保留床単価」の設定
【3本目】 地権者への「増床制限」
1本目の矢に関する追記
【1本目】 開発利益なしの「従前評価方針」
またこの方針は 権利変換者と転出者とを分断させ、互いに争うよう仕向ける目的も併せ持つと言われている。
【追記】
1.
本来、再開発(第一種市街地再開発事業)は、再開発施設の一部を「保留床」として再開発事業者(=参加組合員)へ売却することで事業費の不足分を賄い、地権者は保留床を売却した残りを権利床として無償で取得
する仕組みです。数式は次の通り。
権利床面積 = 再開発ビルの総床面積 – 保留床面積
従い、地権者は最初から「等価交換相当分の床をあてがわれて終わり」ではありません。
事業が計画通り推移し、且つ、近隣相場に準じた「保留床単価」(実際には相場の業者卸値)で参加組合員への売却が決まれば、地権者は膨大な開発利益(=高い還元率)を手にすることも可能となります。
しかしそうはさせないのが業者の放つ「1本目の矢」なのです。
2.
仮に「開発利益なしの従前評価方針」となっても、上記仕組みが適用される限り、権利変換者は開発利益の恩恵にあやかることが可能です。しかし転出者の場合はそうではありません。
転出者は従前評価額で転出補償を得ますが、そこに開発利益が含まれない分、貰える補償金の額は低くなります。
つまり、同じ地権者でありながら「権利変換者」と「転出者」とでは待遇に差が生じ、地権者間で対立が起きる温床となります。
因みに、「地権者を分断し、互いに争わせること」は再開発事業者側の戦略の一つと考えられています。なぜなら
彼らが一番恐れるのは、地権者が団結し、
適正な「保留床単価」を求めて交渉に来られること
だからです。地権者を分断しておけば自分たちは安泰だと言う彼らの算段です。
3.
最後に「従前評価に開発利益を加えるか否か」はあくまでも地権者側(組合側)の専権事項であり、コンサルを含め再開発事業者側が決めることではない点にご留意ください。
都市再開発法には「開発利益」への言及が無いことから、業者側は他の条文などを援用しながら地権者側を「開発利益無しの従前評価」へと誘導しようとしますが、そもそも「事業リスクを取る側が利益を享受できない」などあり得ない話です。
「開発利益」を加味するか否かは地権者側が決める事項です。
2本目の矢に関する追記
《目的》 自社の息のかかった鑑定士等に激安価格を算出させ、それを既成事実化させることで保留床を独占!
【追記】
1.
「保留床単価」が低いほど「保留床面積」が増えるので業者には有利となるが、その分「権利床面積」は減り地権者が損をする
(=還元率が減る)と言うロジックを地権者側はしっかりと理解しておく必要があります。
ここは地権者にとり最も大切な部分です!
この部分を理解しないまま再開発を安易に進めれば、「開発利益をすべて再開発事業者側に吸い取られてしまう」と言った結果となりかねませんのでご注意あれ!
2.
実際に近隣相場の半値以下と言った「激安の保留床単価」が平然と業者側から提示されることが多いので地権者は要注意!
業者側が提示する単価が妥当かを調べるには、近隣の類似建物の相場と比較してみることが有効です。
例えばタワマンの場合、デベロッパーの一般的な分譲粗利益が20%~25%程度であることを勘案すれば、
適正保留床単価=近隣の分譲単価 x 75~80%
が妥当な数字であり、もし業者側が提示する単価がそれよりも著しく低ければ「激安の保留床単価」であると見做して拒絶すべきです。(注2)(注3)
一方、渋谷ホームズで東急不動産が当初地権者へ提示した保留床単価は630万円/坪でした。これは適正相場の半値に近い「激安坪単価」だと考えられます。もしこの条件をそのまま受け入れたなら、地権者の得る「権利床」は消滅しかねません。
今後、交渉がどのように推移して行くのか要注目です。
(詳しくは(209)事業費高騰で地権者はどうなる?(続編)をご参照ください。)
3.
再開発事業者側が最も恐れること。それは、地権者が再開発の知識を身に付け、その仕組みを理解し、最後に
保留床単価の値決めが地権者にとり一番重要だ!
と言う点に気づくことです。
業者側としてはそうならないよう、予め「準備組合」や「組合」を傀儡化し、事務局へ社員を送り込み、更に自社の息のかかったコンサルや鑑定士を起用することで「激安保留床単価」の既成事実化を試みようとします。
これが業者の放つ「2本目の矢」なのです。
3本目の矢に関する追記
【3本目】 地権者への「増床制限」
《目的》 激安単価なら地権者だって床を買いたい!しかし、地権者にはそうさせず自社だけで保留床を独占!
【追記】
1.
「増床」とは主として地権者が権利床と一体の床を有償で追加取得することを言います。これに対して再開発事業者側は一方的に制限をかけようとしますが、彼らの論理に説得力はなく、また法的根拠にも乏しいことから、その実態は「保留床を安値で独占したい再開発事業者(参加組合員)側の単なる希望」に過ぎません。
背後には、業者自らが「保留床の安値総取り」を画策する一方で、地権者に対してはこれを行わせたくないと言う「自己中心的な考え」が見え隠れします。権利床面積が増えれば保留床面積が減ってしまうと言う彼らの危機感の表れでもあります。
極めて理不尽な発想ですが、彼らの本心を知れば、「3本目の矢」を恐れる必要はなくなります。
2.
そもそも「増床制限」に地権者側のメリットなどありません。
例えば、地権者が土地を外部へ売却したいと考えても、買い手から見れば「増床制限」は住戸選択の幅を狭めることになるため、増床制限なしの場合と比べて評価は下がってしまいます。増床問題を提起すると業者側は様々な理屈を述べて来ますが、その多くは論拠に乏しい主張ばかりですので心配は無用。
「増床制限」は地権者の権利価値を確実に下げますので、決して安易に譲歩すべきではありません!
3.
但し、増床を無制限に認めてしまうことには問題が無くもありません。場合によっては参加組合員が取得する「保留床」が著しく減ってしまう可能性が考えられるからです。例えば、地権者の中に富裕層がいて、「激安なら自ら床を買い占めてしまおう」との行動に出た場合などです。
そうなると今度は逆に参加組合員の収益が圧迫されかねません。参加組合員も営利企業ですから、彼らにも適正な利益(=最低限の保留床面積)が確保できるよう一定の配慮が必要です。従い、参加組合員が最低限の「保留床」を確保できることを念頭に置いた増床制限を「例外として設ける」のであれば有意義かも知れません。
まとめ
再開発事業(第一種市街地再開発事業)の最大の問題点は、
それが「地権者が主体となり事業リスクを引き受けながら進める街づくり」であるにも関わらず、地権者とは「利益相反関係」にある再開発事業者が「準備組合」や「組合」内に入り込み、事務局業務を通じて自社の息のかかったコンサルや鑑定士などを起用しながら、いつの間にか組合組織全体を傀儡化させ、自社利益最優先で再開発事業を進めてしまう点にあります。
(注:全ての再開発事業者がそうであるわけではありません。)
特に、再開発事業者と地権者とは、
① 従前評価方針、②保留床単価、③増床制限の3点に於いて
考え方が根本的に異なる(=利益が相反する)だけに、地権者としては細心の注意が必要です。
再開発事業者は地権者が知識や知見において劣ることを良いことに、強引に自社側の方針を押し付けようと画策します。
彼らが放つ「3本の矢」がまさにそれです。
この様な状況下では、地権者の「無知」、「無関心」、「他人任せ」は致命的となりかねません。
それだけに、地権者側としては区域内で団結し、一刻も早く知識と知恵を身に付けて理論武装を図ると共に、業者が放つ「3本の矢」を避けながら、積極的に再開発事業者側と理詰めで問題を正して行くことが何よりも肝要ではないでしょうか?