再開発事業者は営利目的で再開発を進めようとする民間業者ですから、彼らは様々な場面で地権者とは利害が対立します。
特に地権者の従後資産に大きく影響を与え得る「従前評価方針」、「保留床単価」、「増床制限」の3項目に於いて、再開発事業者は地権者とは決定的に利益が相反する相手先だとの認識が不可欠です。
それだけに再開発事業者側から示される説明資料や諸提案を、地権者目線でしっかり精査せず、不明瞭なまま「たぶん○○○だろう」などと勝手に理解し妥協してしまうと、後日「こんな筈ではなかった!」と後悔することになりかねません。
本トピックスでは、自戒を促す意味も込めて、地権者が陥りやすい「たぶん○○○だろう」と言った思い込み事例「10選」を羅列してみました。
1.大手の再開発事業者だから任せておけば大丈夫だろう
再開発事業者の多くは誰もが知る大手不動産企業やゼネコンなどです。
有名企業なだけに、地権者の多く(とりわけ高齢者層の多く)は、「○○不動産なら悪いようにはしないだろう」などと安易に考えがちです。
しかし、そのような考えは直ちに捨て去るべきです。
再開発事業者は地権者にとり「利益相反相手」であることを肝に銘じてください。任せきりにすると開発利益をすべて持って行かれるかも知れません。世間では安易に再開発業者を信じたばかりに大きな損失が生じ、地権者が土地資産のすべてを失った事例までありますのでご注意ください。(55)地権者必見!再開発の破たん事例(その1)
2.再開発では「還元率100%」で事業を進めてくれるだろう
「還元率」とは従前の床面積に対し、従後に得る床面積の割合を言いますが、相場の半値と言った「激安単価」で保留床の総取りを狙う再開発業者を相手に「還元率100%」の実現は容易ではないと考えるべきです。
業者側の「保留床単価」が低いと「保留床面積」は増えますが、その一方で「権利床面積」は減り還元率が下がってしまう仕組みだからです。
(詳細は(178)「保留床総取り」のカラクリと業者の手口(前編)ご参照)
加えて昨今の事業費高騰の局面では、「保留床単価」が十分引き上げられない限り、権利床面積(=還元率)は更に減る懸念があります。
「保留床単価」が決まる仕組みを十分理解した上で近隣相場を割り出し、業者側に対して適正水準の保留床単価を適用するよう強く求めて行くことが肝要です。「保留床単価」が適正水準で決まれば「還元率100%」を上回る還元率の実現も夢ではありません。
(詳細は(209)事業費高騰で地権者はどうなる?(続編)の「まとめ欄」をご参照ください)
3.最低でも「等価交換」なら損はしないだろう
そもそも「等価交換」すること自体が地権者にとっては損です。
地権者は事業リスクを取る側でありながら、たとえ事業が成功しても「開発利益」を享受できず「等価交換して終わり」だとしたら、これほど不平等な処遇はありません。例えて言うなら、「ジャンボ宝くじを買い1等賞が当たったのに、購入代金相当分しか返金されない」と言うのと同じです。
(詳細は(197)地権者は等価交換して終わり?をご参照ください)
また「等価交換」は「等面積交換」ではないことにもご留意ください。老朽化した「従前資産の床」と「再開発ビルの床」とでは単価が大きく異なります。このため「等価交換」では「還元率100%以下」となるのが一般的です。還元率があまりにも低いと新居が狭すぎて生活再建に支障をきたしかねません。
更に土地所有者の場合は決定的に不利です。「土地」と言う不動産が「床」と言う減価償却資産へ権利変換されることで、変換後は時間の経過と共に徐々に資産価値が減って行くからです。例えて言うなら「1,000万円の土地を同額の高級乗用車と交換する行為」と似ています。
従い、「等価交換なら損はしないだろう」と考えると損をすることになります。
4.疑問や問題があれば準備組合が相談に乗ってくれるだろう
各地の準備組合では再開発事業者側が実質的に運営を取り仕切る「傀儡化」が進んでいます。そのような準備組合へ相談に行っても対応するのは再開発事業者側の担当者です。彼らの役割は地権者を再開発賛成へと誘導することにありますので、そのような相手と腹を割った相談が出来るかは疑問です。また準備組合へ「重大な問題」を指摘したとしても、彼らは情報を外部へオープンにはせず地域内で内々に処理してしまいがちです。もし疑問や問題があれば、準備組合へ相談するだけでなく、外部の専門家や地権者団体などへ諮問することも大切です。
再開発は市民の税金も投入される極めて公共性の高い事業ですから、疑問や問題点は地域内で囲い込まず、積極的に社会へオープンにし、様々な知見を外部から取り入れることが透明性の観点からも重要です。
5.地権者へは適正な従前評価で公平に開発利益が還元されるだろう
地権者側が積極的に主張して行かない限り、なかなか実現は困難です。
開発利益を出来るだけ多く自社で確保したい再開発事業者側は、組合の役員、コンサル、鑑定士等を巧みに使い分け、いつの間にか地権者を「開発利益なしの従前評価」へと誘導してしまう傾向があるからです。
開発利益が含まれない場合、同じ地権者でも「権利変換者」と「転出者」とでは待遇上の不公平が生じます。権利変換者の場合は、保留床単価が(激安ではなく)適正水準で決まりさえすれば、権利床面積増と言う形で開発利益の一部を享受することが可能ですが、転出者の場合は
「開発利益なしの従前評価」に基づき転出補償金が支払われますので、両者間には待遇の格差が生じることになります。従い、この場合「地権者には公平に開発利益が還元されない」ことになります。
(詳細は(180)「開発利益」をめぐるカラクリと手口をご参照ください)
6.再開発事業者の社員が約束したのだから間違いないだろう
再開発では「業者側の口約束は実行されない」と心得るべきです。
地権者が事業主体だと言いながら、実際に地権者の元へ勧誘にやって来るのは再開発事業者の社員であることが多く、彼らの役割は地権者をなんとしても再開発へ誘導することにあります。その彼らは地権者から同意を得るための手段として「あなたには特別に陽当たりの良い部屋を」などといったリップサービスを行うことが知られており、彼らの言質を信じれば、後日「言った言わない」でトラブルが生じる原因となりかねません。
再開発も不動産取引ですので、何か良い条件が口頭で提示されたら、必ず事業者側から社印付きの書面で確認を取り付けておくことが鉄則です。(準備組合単独名義の書面はNGです!連名は可) 書面に記せない「口約束」は最初から実行されないと心得る必要があります。実行できるならすぐにでも実行している筈ですし、それが出来ないから「口約束」でその場を切り抜けると言うのが業者側の手法なのでしょう。
7.地権者の誰かがやってくれるだろう
これは特にマンション区分所有者やご高齢の皆さまからよく聞こえてくる言葉です。しかし「誰かがやってくれるだろう」は「誰もやってくれない」と考えるべきです。再開発事業者は百戦錬磨のプロ集団ですから、地権者が互いに「他人任せ」の態度をとり続ければ、再開発はあっという間に業者主導で決まってしまいます。
サッカーの試合で選手たちが互いにそのような態度でプレーしたら結果はどうなるでしょうか?実際にそのような形であっという間に再開発が内定してしまった地区がありました。決して「笑い話」ではないのです。
何れにしても地権者側の「無知」、「無関心」、そして「他人任せ」は再開発事業者を利するだけですから、地権者個々人が積極的に声を上げ、行動に移すことが大切ではないでしょうか?
8.高齢者だから特別扱いしてくれるだろう
とんでもありません。高齢者にとり再開発は地獄絵そのものです。
そもそも再開発は竣工まで20年前後を要する長期事業であることに加え、その間の事業リスクは地権者負担だと言うのですから高齢者にとってはまさに生き地獄です。一般に住宅ローンの場合、融資には限度額が設けられますし、また年齢が70歳を超えるとローンが組めなくなります。
一方、再開発はリスクマネーが数百億円規模に達することに加え、地権者の多くが高齢者だと言う現実にもかかわらず、事業リスクを負担する側には「年齢制限」も無ければ「事前審査」もありません。それにも関わらず「リスク限度額だけは青天井」と言うのが再開発事業の実態です。
また再開発では2度の引っ越しが高齢者の負担となっており、補償金を得たとしても自力で「仮住まい」先を探すのは一苦労です。地域のコミュニティーが無くなることに加え、住み慣れた区市町村外への転居となれば、病院や担当医師、そして介護支援体制まで変えることになりかねません。また年齢的に「果たして再開発後に無事に戻って来れるのか」も不透明となりますので、まさに再開発は高齢者にとり「命を削られる話」だと言っても過言ではありません。高齢者は再開発への同意にあたり、これらの現実を慎重に見極める必要があります。万が一にも「高齢者だから特別扱いしてくれるだろう」と考えるべきではありません。
高齢者に厳しいのが再開発の「不都合な真実」なのです!
(詳しくは(117)高齢者はつらいよ(わかりやすく説明)をご参照ください)
9.無償で新築マンションへ住めるのだからまあいいだろう
世の中には「うまい話には裏がある」や「タダほど高いものはない」と言った言葉がありますが、まさにここにピッタリの格言だと言えます。
「新築マンションへ無償で住める」などと聞かされれば誰だって喜びます。
しかし前述したように、無償とは言え事業リスクを取りながらも「等価交換して終わり」だとしたら不公平ですし、また「等価交換」は「等面積交換」ではないことにも注意が必要です。
還元率が「60%」や「70%」と言った声も都内の複数の再開発現場から聞こえて来ています。(トピックス(209)で報じた「渋谷ホームズの再開発」も還元率は60%台です!)
従前70㎡の床所有者が「還元率60%」なら、従後の面積は42㎡です。
これでは単身世帯ならともかく、家族での生活再建は困難です。
また土地所有者は「土地」が「床」に変換されることで確実に損をします。
戸建てからマンションへ移り住む地権者にも新たなハードルが待ち構えています。戸建て時代には無かった「管理費」や「修繕積立金」と言った新たな費用が毎月発生するからです。自家用車を保有していれば月々の「駐車場代」も発生します。一般に新築マンションの月額維持費は高額となるケースが多いので、年金生活者などには重い負担となり、生活再建に支障をきたす懸念も増大します。
先人たちから語り継がれてきた、「うまい話には裏がある」、「タダほど高いものはない」と言った人生訓を私たちはいま一度、嚙みしめてみる必要があるのではないでしょうか?
10.何年も同意が集まらないのでもう再開発はないだろう
油断は禁物です!再開発事業者の勧誘活動に期限はないからです。
地権者側は彼らに撤退を促すことは出来ても、強制することまでは出来ません。業者もせっかくの儲けのチャンスを簡単には放棄しない筈です。
なにしろ再開発は地権者に土地を供出させた上に事業リスクまで負担させ、行政からは膨大な容積率緩和と共に数十億円単位の補助金まで貰え、最後は再開発ビルの保留床を「激安単価」で総取りできると言った、まさに再開発事業者にとっては「一石五鳥」の「笑いの止まらないビジネス」ですから、彼らが簡単に撤退すると考えるのは非現実的です。
膨大な開発利益が見込めるビジネスであるだけに、再開発事業者側の経営判断で10年でも20年でも現地に居座り続ける可能性があります。(注1)
一方で、反対者が多数いるからと言って安堵する訳にも行きません。
一部の業者は水面下で、①地権者買収、②土地の分筆、③同意書の改ざん、と言った不正行為に及ぶことが各地で確認されているからです。
(この辺の詳細については、今後のトピックスで報じて行きたいと考えています)
まとめ
再開発は、地域住民の将来の生活設計に大きな影響を与える不動産取引であるだけに、地元地権者は慎重な姿勢で取り組む必要があります。
その際に決して忘れてはならないのは、再開発事業者は、地権者とは利益相反関係にある相手だと言う点です。
そのような相手先との合意事項はすべて「書面で確認」しておくことが鉄則ですが、もう一つ忘れてはならないのは、再開発事業者側から出される説明資料や諸提案を十分に理解しないまま、不明瞭個所を「たぶん○○○だろう」などと勝手に思い込んではいけないと言う点です。
思い込んだ結果、後日「こんな筈ではなかった」と後悔しても「後の祭り」です。
今回の「10選」は、そのような「思い込んではいけない事例」を羅列したものですが、地権者の皆さまの参考となれば嬉しい限りです。(注2)
善良な業者であるか否かの判断は、地元地権者の皆さまにてお願いします。