本トピックスは(208)事業費高騰で地権者はどうなる?からの続きです。
今回は、メディアでも広く報道されている渋谷ホームズの再開発事業(正式名:公園通り西地区第一種市街地再開発事業)を例にとり、数式を用いて事業費高騰が地権者に与え得る影響を検証してみます。
地権者が知っておくべきポイント
直近3年間で総事業費が30~50%も上昇したと言われる経済環境下で、地権者が「権利床面積」を減らさないためにはどうしたら良いのか?
重要なことは、再開発事業者(=参加組合員)が購入する「保留床単価」が事業費の増加と共にどう変化するかに着目することです。何故なら、「保留床単価」により権利床の面積が決まるからです。
渋谷ホームズの再開発事業について
この事業は、JR渋谷駅から徒歩10分と言う都心の一等地に位置する老朽マンション「渋谷ホームズ」(1975年築、地上14階、総戸数272戸)が建て替えを行うに際し、隣接地にある同じく老朽化した区立神南小学校の建て替えをも同時に行うことでこれを「再開発事業」化させ、行政から大幅な容積率の緩和を受けることで地上34階建て、高さ150mのタワーマンション(以下、タワマンと言う)を建設しようとする計画です。
(事業協力者は東急不動産、他1社。現在は「都市計画決定」段階)
3年前の準備組合説明会資料によれば、専有面積5400坪の渋谷ホームズを小学校の建替え費用も含め535億円の総事業費により、専有面積12,070坪のタワマンに建て替える計画とされています。
再開発組合を組成する渋谷ホームズの権利者たちは、タワマンの一部を保留床として東急不動産へ売却することで事業費を調達する計画で、東急不動産が購入する保留床の総額は535億円、保留床単価は630万円/坪。これにより、東急側がタワマンの専有面積の70%を「保留床」として確保し、残った30%を渋谷ホームズの権利者たちが「権利床」として追加負担なしで貰えると言う条件のようです。
(注:この事業では、補助金はほぼゼロとの想定で進んでいるようですので、事業費535億円はそのまま東急不動産の保留床購入額
となります)
因みに、この条件に従えば、渋谷ホームズ側が得る「権利床」は3,578坪となり、これは現行専有面積5,400坪の僅か66%に過ぎません。しかし渋谷ホームズ側は当初からこの「還元率66%」の経済条件で再開発に同意したようです。渋谷区もその同意を前提に「都市計画決定」へと事業を進めました。
権利床面積 = タワマン総面積(12,070坪) x 約30% = 3,578坪
還元率 = 権利床(3,578坪) ÷ 現行専有面積(5,400坪) = 66.25%
しかし事業費は急騰!地権者はどうなる?
先日、「大阪・関西万博の会場建設費が直近5年間で1,250億円から最大2,350億円へと1.9倍も増加した」との報道は皆さまもご存じの通り。
渋谷ホームズの再開発も決して例外ではありません。
昨今の建設資材の急騰や職人不足に加え、渋谷区からの「神南小学校の建て替えプラン」にも注文がついたことなどから、この3年間で当初535億円と見込んでいた事業費負担が、なんと1.5倍の800億円に膨れ上がる勢いとなってきたようです。800億円だとすれば実に265億円もの事業費の増加となります!
事業費が増えると地権者はどうなるのか?
再開発(第一種市街地再開発事業)では、事業リスクの負担義務は地権者側にありますから、リスク対策を怠り、ひたすら「事業者任せ」で再開発を進めた場合、地権者は大きな損失を被りかねません。
地権者である以上、「無知」、「無関心」、「他人任せ」は許されません。
もし東急不動産が保留床単価を据え置いたら…
再開発組合は、タワマンの一部を保留床として東急不動産へ売却することで事業費を調達する計画ですから、東急が保留床を買取る額は535億円から800億円へと265億円増加することになります。
一方で、事業費の増加にも関わらず、東急不動産側が一貫して保留床の購入単価を630万円/坪で据え置いたとしたらどうなるでしょうか?
保留床購入額800億円 ÷ 保留床単価630万円/坪 = 保留床面積12,698坪
タワマンの総床面積12,070坪 – 保留床面積12,698坪 = 権利床面積▲628坪
上記の通り、保留床単価が630万円/坪で据え置かれた場合、保留床面積は12,698坪となり、タワマンの総床面積12,070坪を超えてしまいます。その結果地権者は「権利床」のすべてを失い、それでも補填しきれない損失(=628坪の床相当分)は賦課金の形で徴収される形となります。
「再開発に応じたのに、いくらなんでもそれは無いだろう!」とお思いでしょうが、地権者が事業リスクを負う以上、損失が生じれば地権者が損失補填を負うのが再開発事業のルールです。
この点は「都市再開発法(第39条)」も厳しく規定しており、実際に岡山県・津山市の再開発では、地権者全員が権利床を失った上に賦課金まで徴収され複数の自己破産者まで出しています。
詳しくは、以下のトピックスをご参照ください。
(55)地権者必見!再開発の破たん事例(その1)
(56)地権者必見!再開発の破たん事例(その2)
もし「保留床単価」が「事業費上昇」と同率で上がったら…
次に、「事業費」と「保留床単価」とが共に同率で上昇した場合を見てみます。事業費が525億円から800億円へと1.5倍に増加したことに伴い、保留床単価も630万円/坪から1.5倍の945万円/坪になったと仮定します。
保留床購入額800億円 ÷ 保留床単価945万円/坪 = 保留床面積8,465坪
タワマンの総床面積12,070坪 – 保留床面積8,465坪 = 権利床面積3,605坪
還元率 = 権利床(3,605坪) ÷ 現行専有面積(5,400坪) = 66.75%
ご覧のように、地権者は「還元率66%」を維持することが可能となります。
更に「還元率100%」を達成するには…
では次に、各地の再開発現場で多くの地権者がこだわる「還元率100%」を実現するためのシミュレーションを行ってみます。
今度は還元率から逆算して行く形となります。
還元率100% = 権利床面積5,400坪(←現行の専有面積)
タワマンの総床面積12,070坪 – 権利床面積5,400坪 = 保留床面積6,670坪
保留床購入額800億円 ÷ 保留床面積6,670坪 = 保留床単価1,199万円/坪
仮に渋谷ホームズの再開発現場で地権者側が「還元率100%」にこだわった場合、これを実現するには保留床単価を630万円/坪から1,200万円/坪へと90%引き上げる必要が出て来ます。
このシミュレーション結果からも、業者側が提示する「保留床単価630万円/坪」がいかに格安であるかがおわかり頂けると思います。
まとめ
事業費が高騰する中で地権者が「権利床面積」を減らさないためには、再開発事業者(=参加組合員)が購入する「保留床単価」の変化率に着目することが極めて重要です。
なぜなら「保留床単価」により「権利床の面積」が決まるからです。
その基本原則を簡単に纏めれば以下の通りとなります。
→地権者が得る権利床面積(=還元率)は変わらない
② 「事業費の増加率」よりも「保留床単価の増加率」が低い場合、
→その差分だけ「権利床面積」は減り地権者は損をする
③ 「事業費の増加率」よりも「保留床単価の増加率」が高い場合、
→その差分だけ「権利床面積」は増え地権者は得をする
④ 「事業費は増加」したが「保留床単価は据え置き」となった場合、
→権利者は最悪の場合、権利床のすべてを失う懸念がある
(注:現場により状況が若干異なる可能性はあります)
過去に繰り返しお伝えしてきている通り、再開発事業者側の関心は「保留床を如何に格安で独占するか」にあります。
保留床を「安い単価」で「より多く」取得できれば、それだけ再開発後の床の賃貸や分譲が容易になり利益を増やすことが出来るからです。
しかし、その裏で犠牲を強いられるのは「権利床面積」(=還元率)を減らされる地権者であることを忘れるべきではありません。
従い、地権者側も再開発事業者側とは対等な立場で交渉を進め、相場に応じた妥当な「保留床単価」を求めて行くことが何よりも大切です。
さて、渋谷ホームズの再開発では事業費高騰に直面した東急不動産が果たしてどこまで「保留床単価」の引き上げに応じるのか?
今後の動向に注目です!