本トピックスは
(172) 傀儡型「準備組合」:役員たちの責任は?、
(173) 傀儡型「準備組合」:役員たちの責任は?(その②)の続編です。
トピックス(172)では役員の責務並びに訴訟リスクについて論じました。
トピックス(173)では「懈怠」や「背任」疑義が生じる背景を説明しました。
本トピックスでは、「懈怠」や「背任」に該当し得る事例を取上げます。
役員たちの「再開発の基本的仕組み」への対応に着目してみた
準備組合役員たちの職務は多岐にわたるため、今回は「再開発の基本的仕組み」の部分に関して、問題となり得る事例を取り上げてみます。
その前に「再開発の基本的な仕組み」(上記イメージ図)についての復習ですが、簡単に説明すると以下の通りです。
① 再開発は地権者が主体で進める事業である。
② 再開発は地権者が再開発ビル等の一部(「保留床」)を再開発事業者(「参加組合員」)へ売却することで事業費を賄う仕組みである。
③ 「保留床」を売却した残りが「権利床」として地権者の取り分となる。
以上から明らかとなるのは次の点です。
①保留床の面積が増えれば、権利床の面積が減る。
(再開発事業者に有利、地権者には不利)
②保留床単価が低ければ保留床面積は増え、そのぶん権利床面積は減る。
(再開発事業者に有利、地権者には不利)
③逆に保留床単価が高ければ保留床面積は減り、そのぶん権利床面積は増える。
(再開発事業者には不利、地権者には有利)
「懈怠」や「背任」と見做されかねない具体的事例
1.保留床の坪単価算定をめぐる「懈怠」や「背任行為」
上述した通り、保留床単価が低ければ保留床の面積は増えます。
営利目的で再開発を進めたい再開発事業者は当然のことながら「保留床を格安で、且つ出来るだけ広い床面積を確保したい」と考えます。
そのため再開発業者側は地権者側の無知に乗じ、敢えて自社の息のかかった鑑定士やコンサルに「安い保留床単価を積算」させ、あたかもそれが正当な単価であるかのように演出する傾向があると言われています。
また業者側は安価な保留床を自ら独占したいと考えるあまり、地権者へ増床制限を課し、一定面積以上の床を買わせないようにする工作も各地で報告されています。これらは何れも地権者に対して負の影響をもたらしますので、そうならないよう監督指導するのが役員の責務となります。
因みに、当地区の準備組合はこの点に関し疑惑で満ち溢れています!当地区の準備組合は「保留床は住友不動産が買う」と公言する一方で、市場価格に基づく「適正価格」で買うことに関しては沈黙したままです。地権者から指摘を受けても答えようとはしません。真実はどうなのか?それを確認するには、準備組合が住友不動産と交わした「事業協力に関する覚書」の全文を読む必要があります。しかし、役員たちは「覚書」も開示しません。なぜ彼らは再開発業者の肩ばかり持とうとするのか?
「地権者が主体」の準備組合が、その構成員である地権者に対し、これほど重要な「覚書」を開示しないのですから明らかに不自然です。
当サイトの閲覧者からは、「非開示の理由は住友不動産が将来、参加組合員として保留床を特権的価格で独占的に購入できる条項が含まれているから注意せよ!」と具体的に指摘する意見も寄せられています。
事実だとすれば大変なことです。もし役員たちがこうした事実を認識していながら地権者に対してその事実を隠ぺいしていたのであれば、役員たちに「懈怠」や「背任行為」の疑義が生じても不思議ではありません。
2.地権者の「増床制限」をめぐる「懈怠」や「背任行為」
もし準備組合が「増床制限」を言い出したら、役員たちが果たして本当に地権者の利益を代弁しているのかを疑ってみる必要があります。
そもそも地権者の増床制限は、保留床を出来るだけ多く取得したいと考える再開発事業者側の「勝手な希望」に過ぎず、都市再開発法にも地権者の増床を制限する規定など存在しない筈です。
増床制限は地権者が取得できる住戸の幅を狭める結果を招きます。
これは地権者が将来権利を外部に売却する際に、増床制限がない場合と比較して評価額の低下を招きますから地権者は損をします。
準備組合の理事長をはじめ役員たちがこうした事実を把握しながら、「増床制限」と言う再開発業者を利するだけの規定を事前に地権者へ告知せず、議論もしないままこれを既成事実化しようとしたのであれば、後日役員たちには「懈怠」や「背任行為」の疑いがかけられることになります。
3.「開発利益」の加算をめぐる「懈怠」や「背任行為」
「開発利益」とは事業の完成による土地価格の上昇分を言います。
再開発では一定数の「転出者」が生じますが、もしこの開発利益を一方的に従前評価額に加算しないとなれば、「転出者」が受け取る金銭給付額は大幅減となります。おそらく「転出者」は黙ってはいないでしょう。
再開発は地権者による合意形成が前提であり、「転出者」も地権者である以上、準備組合の理事長をはじめ役員たちがこうした事実を知りながら、ろくに議論もせずに従前評価方針に関する事項を再開発事業者(事務局)へ丸投げしたとなれば、転出者から「懈怠」若しくは「背任行為」を問われる懸念が生じます。また、再開発業者側が自らを利するため「従前評価には開発利益を加算しないとする議案」を理事会へ提案し、理事長や理事たちが不作為でそのまま総会での議案とした場合も同様に、「懈怠」若しくは「背任行為」を問われる懸念が生じます。
役員たちの責務は重い!
再開発は地権者が主体となり、事業リスクまで負いながら進める事業ですから、準備組合の役員たちには地権者の利益が確保されるよう努める責務があります。万が一にも、地権者とは利益相反関係にある再開発事業者を利する行為など決してあってはなりません。
上述した3事例のうち、「保留床単価」については最終的に再開発事業者の合意が必要だとしても、「従前評価方針」や「増床ルール」は地権者が決める専権事項です。
これらはすべて利益相反事項です。そのような事案であるだけに、もし地権者を代弁すべき準備組合役員たちが再開発業者へ業務を丸投げし、業者側に有利な決定を黙認し、結果として地権者に財産上の損害を与えたとなれば、後日地権者から「懈怠」や「背任行為」の疑いで損害賠償を求められることになります。場合によっては役員は自らの個人資産までリスクにさらすことになりかねません。また「背任行為」に至っては、刑法上の犯罪と見做され懲役刑まで用意されていますので役員たちは特段の注意を払う必要があります。権利変換後に移り住む新居が「刑務所」だったでは、まさに「後悔先に立たず」です。
昨今、「知識」と「知見」を身につけた地権者が準備組合を裁判に訴える事例が増えています。準備組合の役員職は、単に「任意団体の役員だから」、「ボランティアだから」、「再開発業者がすべて処理してくれるから」と言った安易な気持ちで務まる役職では決してないことを役員たちは自覚すべきです。
【編集後記】
再び上記イメージ図にご注目下さい。
これは国土交通省が作成したもので、「保留床」と「権利床」が折半となるように描かれています。しかし現実にはそうはなりません。
埼玉大学名誉教授・岩見良太郎氏が以前に大都市圏の保留床を伴う再開発事業について調査を行ったところ、どの地区も概ね「権利床が2割、保留床が8割」と言う比率だったそうで、両者の取り分が折半となった再開発は皆無であった由。再開発事業が如何に地権者にとり不平等なものであるかを示す調査結果だと言えないこともありません。
準備組合の役員たちには、是非とも「地権者が主体である」との自覚をもって職務に専念して貰いたいものです。