泉岳寺の話ではありませんが、皆さまに参考になる話ですので敢えて取り上げました。
事件は昨年、東京都葛飾区・京成立石駅前で計画されている再開発案件で起きました。
なんと情報の開示を求め、準備組合の理事が準備組合を訴えたのです。
そして裁判を通じ準備組合内に存在する「不都合な真実」が明らかとなり、「事業協力者」として実質的に準備組合を支配していた某大手ゼネコンが工事の受注辞退を表明する事態へと発展しました。
この裁判の意義は、「事業協力者」が実効支配する準備組合の弊害が明らかとなった点にあります。
準備組合の地権者理事たちが内部の重要情報から遮断されていた事実まで明らかとなりました。なんと言うことでしょう。
そこには「事業協力者」である某大手ゼネコン(A社)が、「地権者の皆さまの準備組合」を標榜しながらも、実際には準備組合を実効支配した上、地権者理事たちには重要情報を知らせないと言った差別を行っていた姿が裁判の過程で明らかとなったそうです。
準備組合を訴えたこの裁判はこれだけでは終わりませんでした。まだ続きがあります。
裁判所が「準備組合」に対し情報開示を促したことも手伝ってか、組合内部では地権者理事たちの知り得ぬところで書類が「改ざん」されていた事実も発覚したのです。
その中には非同意の地権者が「同意した」とされる虚偽の報告書まであったそうです。
再開発の要でもある「地権者同意」に係わる資料を改ざんするなど言語道断です!
更には準備組合に常駐する事業者側の社員までもが「改ざん」の事実を認めたとのこと。
今回の裁判で準備組合内の多くの「不都合な現実」が公にされただけでなく、事業協力者側がこれに加担までしていたとなれば、そのまま平穏無事ですむ筈がありません。
本年2月に東京地裁にて原告勝訴の判決が出たのとほぼ同じタイミングで「事業協力者」であるA社は工事の受注辞退を表明したそうです。
それにしても準備組合の理事が準備組合を訴えたのですから尋常ではありません。よほどの事情があったのでしょう。
私たち「泉岳寺周辺地区再開発を心配する会」のメンバーはこの訴訟に大変興味を持ち、先日、関係者を通じて「原告」である地権者理事のBさんを紹介して頂き、直接本人とお会いして話を聞く機会を得ました。
以下は原告Bさんとの質疑応答です。
Q: 準備組合の理事でもあるあなたがなぜ準備組合を訴えたのか?
A: 私は理事だが、内部資料を調べようとしても肝心な資料や情報が閲覧できない。理事長へ説明を求めても「自分は何も知らないので再開発業者に聞いてほしい」と言われる始末。理事長でさえ情報を知らされない「準備組合」とはいったい何なのか?ちょうどコンサルが作成した報告書の内容に虚偽の疑いが浮上したため、このままでは不正が発覚した場合、自分も責任を問われ損失負担まで負わされかねないことを懸念し、準備組合内の情報開示を求めて東京地裁へ提訴に踏み切った。
Q: いきなり訴訟を提起しなくても良かったのでは?
A: 理事会等で問題提起をしても、結局は多数決で否決されてしまう。私は理事であると同時に地権者でもある。もし私が不透明な事業を黙認した結果、将来、再開発事業に損失が発生すれば、私も地元地権者から損害賠償を求められかねない。理事の責任は重大だ。だから情報開示を求めて「準備組合」を訴えた。
Q: 裁判で何が明らかになったのか?
A: 理事の責任が重大であることが裁判で明らかにされたのは当然のことだが、それ以外にも情報開示が行われた結果、書類が内部で「改ざん」されていた事実が確認できた。地権者の同意状況に係わる虚偽の報告書まで見つかった。これには驚いた。同意結果の改ざんなど絶対にあってはならないことだ。
Q: なぜ「事業協力者」であるA社が工事の受注辞退を表明するに至ったのか?
A: A社は表向き「工事受注が困難になったから」と説明しているようだが、実際は準備組合に常駐するA社の社員が改ざんに加担した事実を認めたことが影響したのだろう。裁判にて事業の不透明さが追求され、自社の社員までがそれに関与していたとなれば、もはやA社が工事を受注することは難しいだろう。世間も黙ってはいまい。
Q: 今回の裁判で得た教訓は何か?
A: 私を含めて準備組合の理事たるもの、もし事業が損失を被ったり、不正が発覚したりすれば地権者から高額の賠償責任を問われかねないことが判決文にて示された。理事職にある限り、全ての重要情報を入手し適切に判断せねばならず、事業をデベロッパーやゼネコン、コンサルなどの業者任せにすることの危険性が確認できた。
因みに、準備組合の理事たちの責任が重大であることを示した判決文は以下の通りです。
(注:判決文の中にある「被告」とは「準備組合」を指します)
【判決文】
「被告の予算規模や借入金の額が高額であるにもかかわらず、証拠上、その担保とされる資産がうかがわれないから、被告の理事が職務の懈怠を理由として法的責任を追及される場合には、相当高額な賠償責任を負う危険性がある。(中略)これを鑑みると被告の理事については、謄写はともかく、被告が所持する文書について、閲覧についての制限は課されないものというべきである。」
【判決文をわかりやすく解説】
準備組合は資産の裏付けがないにもかかわらず、再開発と言う「膨大な金額を要する事業」に関与している。その様な組織の理事職にある者が、「職務怠慢」、「業者任せ」、「不作為」と言った事由(=懈怠)で地権者から訴えられた場合には、個人として相当高額な賠償責任を負う危険性がある。つまりこれは安易な気持ちで理事を続けていたら命取りになりますよとの裁判所からの警告であると共に、だからこそ理事たちに対して「全ての情報は開示されるべき」との判決内容を裁判所がここで確認したものと言える。
今回の裁判でわかったこと
1.地権者理事の責任は極めて重大だと言う点
今回の判決では、理事たちが職務に対する怠惰や不作為と言った「懈怠」を理由として法的責任を追求される場合には、地権者から高額の賠償責任を問われかねないことが示されました。理事たちにとり、これは一大事です!理事としての業務を「業者任せ」などにした結果、事業に損失が出たとなれば、将来地権者から提訴される可能性があるからです。
2.再開発に懐疑的な地権者こそ準備組合の理事となるべき?
今回の立石の裁判は、地権者本位の再開発が阻害される疑いがある場合には「準備組合理事が情報の開示を求めて準備組合を訴える」ことも可能であることを示してくれました。
今も多くの準備組合では、再開発事業者の主導のもと「再開発に賛同する地権者」ばかりを集め、これを「民意」と称して準備組合を設立するケースが散見されると聞きます。
このような体制下では「再開発事業者が実効支配することによる弊害」が起き得ることが、少なくとも立石の裁判では示されました。
地権者側に重要情報が意図的に伝わらないどころか、同意書類の改ざんまで行われるなど絶対にあってはならないことです。
では今後どうすべきか?
少々逆説的にも聞こえますが、これからは
再開発に懐疑的な地権者が積極的に準備組合の理事になる
ことも選択肢の一つとなり得るのではないでしょうか?
再開発に賛同する地権者ばかりを理事に据えた「仲良しクラブ」的な準備組合では「地権者主体の再開発」の実現など不可能です。
そこで敢えて準備組合の理事となり、内部から公平・公正な再開発の実現を目指すことも「地権者が将来損をしないため」の一つの選択肢ではないでしょうか?
内部で「不審な行為」が存在すれば情報開示を求めて司法の場へ訴えることも出来ます。
そもそも準備組合の理事は地域住民(地権者)から幅広く募ることが大前提であり、「再開発に賛同する地権者」ばかりを集めた準備組合の方こそが「不審な準備組合」なのです。
さて皆さまの地域の「準備組合」はいかがでしょうか?
これから準備組合が設立される段階にある地域の皆さまも、是非とも本トピックスを参考に、設立是非の判断材料として頂ければ幸いです。